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ばあちゃんと私の物語

9年前から孫一人でおばあちゃんの在宅介護をしています。幼い頃からおばあちゃん子で育ってきた私にとって、人生で一番感謝しているのはばあちゃん。今度は私が面倒をみる番だと思って恩返ししているところです。これまでの9年間を振り返り、祖母の変化や介護を通じて経験したこと、孫が介護しているからこそ出会えた人たち、考えられないようなうれしいできごとについてまとめてみました。よろしければお読みください。

【第3話】会社を辞め、着替えだけバッグにつめて秋田に帰郷

11月中旬、勤めていた会社に辞表を提出。
引き継ぎをすませて、12月末に退職しました。
でも、住んでいたアパートはそのまま。
ばあちゃんの面倒を数ヵ月看たら、また東京に戻るつもりだったからです。
冬の着替えだけ持ち、平成20年1月2日、秋田に帰郷。
ばあちゃんが入院している総合病院へ通いながら、
系列のリハビリ病院に入院中だったおばさん(祖父の姉)の
身のまわりの世話も同時に引き受けることになりました。

ばあちゃんは生気を失い、すっかりやせていました。
ところが、私が帰郷するのを待っていたかのように
不思議と熱が下がってくれ、日に日に元気になって
鼻から管を入れて流動食をとれるまでに回復したんです。
これには親戚一同、驚きました。
ただ、どうしても自分で飲み込むことができないので、
1月30日、胃ろうをつくることになりました。
ごめんね、ばあちゃん。でも、これで栄養が取れてひと安心です。
ばあちゃんに何かあってもすぐに駆けつけられるように、
また、私も介護に本腰を入れるため、
病院から歩いて5分のところに自分の部屋を借りることにしました。

一方、リハビリ病院には脳梗塞を患ったおばさんがいます。
こちらは頭がしっかりしていたので、
おばさんが「ヤクルトが飲みたい」「リンゴが食べたい」と言えば
頼まれたものを持って行ったり、汚れものを洗濯したり、話し相手になったり。
朝、家を出て8時ぐらいにおばさんのところへ行き、
御用聞きをして、そこからばあちゃんの病院へ。
家⇒リハビリ病院⇒ 総合病院を、三角に回る毎日が始まりました。

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