『9年目に、介護者である私が病気に。
病病介護になりました』
ある朝、強い発作が起きて、呼吸困難、手足の震えを感じて救急外来へ。
その後、いくつかの病院を回って「パニック障害」と診断されました。
病病介護が始まり、自分が病院へ行くときにばあちゃんを一人にできない苦労、
自分の具合が悪いとお風呂に入れてあげられないジレンマも味わいました。
でも、どんなに調子が悪くても、ばあちゃんの世話ができるのは私しかいない。
そう思い込んでいました。
『何でもオープンに話すことで、
まわりからサポートを受けやすくなる』
実は、10年前から軽い発作は起きていたのです。
慣れない介護、あの頃はばあちゃんの徘徊もひどくて、寝不足が続いていました。
発作が起こるのはいつも突然、予測がつきません。
地下鉄の中、スーパーで食品を袋詰めしているとき、美容院でシャンプーしているとき、
ばあちゃんのいびきが引き金で発作が起こったことも…
でも、自分が病気になったことを隠さなかったのがよかったと思います。
家族はもちろん、ばあちゃんの主治医や訪問看護師さん、訪問美容師さんにも
「私はパニック障害で、急に発作が起きることがあります」と伝えることで、
まわりのみなさんが本当にやさしく気遣ってくださいました。
『寝たきりのばあちゃん。
でも、たった一人じゃないから心細くない』
私が一人で背負いこまないよう、両親や弟たち、叔父・叔母も
代わるがわる様子を見にきてくれましたし、
夜中に発作が起きたとき、寝たきりのばあちゃんを車いすに乗せ病院へ一緒に向かうと、
顔見知りの看護師さんが笑顔で迎えてくれ、
点滴をしている私の隣にばあちゃんを寝かせて、痰吸引までしてくれました。
訪問看護師さん、作業療法士さんも、いつも私の病状を気にかけてくれ、
話し相手になってくれました。
自分からSOSを出せば、手を差し伸べてくれる人はたくさんいるのです。
自分が病気になって、かえって人とのつながりを深く感じるようになりました。
『自分と同じ“孫の手さん”の
不安が少しでも減れば・・・』
半年ほど治療を続け、今はおかげさまで、ほぼ以前の生活が戻ってきました。
私はもう大丈夫。でも、肩に力を入れすぎないよう、
人の手も上手に借りながら、ばあちゃんのお世話をしています。
私にとってばあちゃんがかけがえのない存在であることに、何も変わりはありません。
長期にわたる介護というと、先が見えない不安、狭く閉ざされた世界のように
感じる人も少なくありませんが、大好きな人を介護しながら、まわりの人たちとも
心を通じ合わせることができれば、むしろ豊かな暮らしが送れると思っています。
そんな10年目の物語をご紹介していきます。