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コンセプト

孫が一人で祖母の介護をするって変ですか?

聴診器を首にかけ、朝のケアをスタート

ばあちゃんとのふたり暮らしになって3年。入浴、痰の吸引、聴診器でお腹の調子をみる、摘便など、脳外科の菅原先生、同じく脳外科の佐藤先生、内科の草薙先生、
入院病棟の看護師さん達、訪問看護師の播磨さんのご指導のおかげで、ほぼ一人でできるようになりました。
朝、起きたら、私はまず、ばあちゃんが息をしているかどうか確認します。
次に、指に酸素濃度測定器をはめ、
血中酸素が足りているかチェックします。
数値が低ければ、痰が絡んで酸素の取り込みが悪くなっている証拠です。
吸引器を使って、のどや鼻から痰を取ります。
朝ご飯(流動食)のあとは、聴診器をお腹に当て、腸の調子を確認します。
これを毎日続けるうちに、在宅介護の質が格段に上がることがわかりました。
中でも一番大切にしているのは、清潔を心がけること。一番時間がかかり、
手間もかかることですが、きれい好きだったばあちゃんにとって、
それが心穏やかに過ごせる肝心なポイントではないかと思いました。
それから、何をするにしても声をかけ、ボディタッチをする。
ばあちゃんの温もりを感じることで、私も癒されています。

ばあちゃんのためなら何でもできる

ばあちゃんとふたり暮らしを始めてから、ネイルケア3級の資格も取りました。
いたずらのつもりでばあちゃんの爪にピンクのマニキュアを塗ったら、行く先々で、
「かわいい!」とほめていただくようになったのです。
私自身、ばあちゃんをきれいにすることが楽しみの一つになりました。
自分で話すことができないばあちゃんのためにと、
主治医の菅原先生や佐藤先生、内科の草薙先生、
看護師長の三浦さんたちにばあちゃんの状態を自分から積極的に話すうちに、
病院中の人とも仲良くなりました。内科の草薙先生が
「お孫さんはおばあちゃんの主治医だね!」と冗談を言ってくださるほど、
先生方との距離もグッと縮まり、床ずれのケアや
体温調節の方法など、在宅介護の注意点も
さらに教えていただけるようになりました。

10年目に病病介護に。
それでも、ばあちゃんへの愛情は変わらなかった

ところが、あるとき私自身にも強い発作が起きました。
呼吸困難、手足の震えを感じて救急外来へ。いくつかの病院を回って、
「パニック障害」と診断されました。病病介護が始まり、
自分が病院へ行くときにばあちゃんを一人にできない苦労、
自分の具合が悪いときにお風呂に入れてあげられないジレンマを味わいました。
でも、どんなに調子が悪くても、ほかの人に介護を代わってもらおうとは思わなかった。
「ばあちゃんの世話は私がする!」その気持ちに変化はありませんでした。
幸い、家族をはじめ、いろんな人の助けを借りて、
半年ほどの治療でほぼ以前の生活に戻ることができました。

目の前の人と向き合っていれば
人生はつながっていく

自分が意図したものではなくても、介護に奔走し、
「ばあちゃんのことを一番に」考え続けてきたことが、
一人の人間としての成長につながり、あらたな人とのすばらしい出会いなど、
私自身の人生につながっている感触があります。
大変じゃなかったと言えばうそになる。
けれど、この経験が、今、身近にいる人だけでなく、
次に出会う誰かのために役立つときがくると信じています。
また、脳外科の主治医・菅原先生のいる秋田の病院から一番近いマンションに
偶然空きが出たり、その菅原先生の師匠に当たる人が
うちの親戚だとわかったり、テレビでよく見る歯科医の佐藤先生が
ばあちゃんのために訪問治療を引き受けてくださったり、
夢にまで見た世界的スターが突然、目の前にあらわれたりと、
奇跡のような出来事も次々に起こりました。
「人を思う」一途な気持ちに、
神様は味方してくれるのかもしれない…
そんな思いを、今、あらたにしています。